私は楡周平さんの小説が好きでよく読みます。
本作は、Amazon kindle Unlimitedで無料対象となっていたので、ダウンロードして読み始め、かなりの短時間で読み終えました。
コロナ禍以前に書かれた小説なのですが、まるでこうなることが分かっていたかのような内容です。
普段、少子高齢化という問題に関しては考えないようにしてきました。私一人が考えたところで、どうにかなるような問題でもありません。
医療の進歩や新薬の開発で、不治の病と言われてきた病気が治癒可能となり、それに伴って高齢化と健康保険で賄われる医療費が爆増。
そして、いずれはやってくるであろう【国民皆保険制度】の崩壊。私は、そうなる頃までは生きていないだろうと思うけれど。
私の両親は共に75歳前後で亡くなっています。長生きの家系ではないと考えられるので、私もそれくらいかなと考えています。
75歳と言わず、70歳でもいいくらいです。
なので、65歳まで健康で頑張って働いて、70歳~75歳くらいまで年金と合わせて生活できるくらいの貯蓄が目標です。現在、まだ足りない。
何かあった時は延命治療は望まないし、癌等の病気に罹患した際も手術及び抗がん剤治療を拒否する旨を自筆で記したモノを財布に入れて持ち歩いていますし、子ども達にも伝えてあります。
そうやって、無駄に長生きしたくない、余計な医療費は使わなくていいと言いながら、具合が悪くなると病院に行き、無料の区民検診を受け、民間の医療保険にも加入しています。
そして、大きな地震が来た際の避難のことや、緊急入院となっても大丈夫なような準備のことも考えています。大いなる矛盾。
この矛盾を、自分でどう捉えるか。
この矛盾に気が付き、後付けだけれど考えてみました。
自分の健康状態を知り、覚悟を決めたいのだと。
罹患して一切の治療を拒否した際の余命が知りたいのだと。
余命が分かれば、その時まではやりたいことをやって過ごしたい。ということなのだろう。
そう考えた場合、民間の医療保険も必要ないのでは?とも思いましたが、一人暮らしの自宅で誰にも知られずに死んでしまった場合、大家さんや子ども達に迷惑をかけてしまうので、最期は病院で死んでいきたい。
その為の医療保険かな。
先のことは分かりません。いざ、そうなった時には「まだ死にたくない」と悪あがきするかもしれません。
コロナウイルス感染症のように、高い致死率の新型インフルエンザウイルスが発生しパンデミックとなった際、ワクチン打たせて!治療薬ちょうだい!と喚くかもしれません。
人間、その時がきたらどう豹変するか分かりませんからね。
今、一番やりたいことは全国の球場巡りです。
セパ交流戦を含めて、全国の球場で楽天の試合が観たい。
そして、母校が何回目かの甲子園出場を決めたら、甲子園球場で観戦したい。